ピクサー:グラント・アレクサンダーのアニメーション・映画制作への情熱に迫る―独占インタビュー#1

©2016 Ryota Isomura ©Disney/Pixar

いまもなお大ヒット作品を生み続け、世界の最先端を行くアーティストと技術の集合体と言っても過言ではないPixar Animation Studios(ピクサー・アニメーション・スタジオ)。

 

最近では、Disney・Pixar映画『Inside Out』(邦題:インサイド・ヘッド)、Disney・Pixar映画『The Good Dinosaur』(邦題:アーロと少年)に続き、またしてもDisney・Pixar映画『Finding Dory』(邦題:ファインディング・ドリー)が世界的に大ヒットしている。

そんな中、アメリカ合衆国からPixar Animation Studios(ピクサー・アニメーション・スタジオ)のスケッチアーティスト/キャラクターデザイナー:Grant Alexander(グラント・アレクサンダー)氏が来日したため、独占ロングインタビュー取材を行った。

Pixar Animation Studios(ピクサー・アニメーション・スタジオ)が誇るアーティストの一人、Grant Alexander(グラント・アレクサンダー)氏のアートやアニメーション・映画制作への情熱に迫った。Pixar Animation Studios(ピクサー・アニメーション・スタジオ)とGrant Alexander(グラント・アレクサンダー)氏のご協力のもと、未発表の貴重な資料を交えて、3回(3日間)に渡ってお送りする。

 
江渕良平: 今年、2度目の来日ですね。

江戸東京博物館で開催されていた『大妖怪展 Yokai in the Arts of Japan 土偶から妖怪ウォッチまで』を観覧

Grant Alexander: 前回は、世界的にも有名なデジタルタブレット「wacom®」に関する講演をするために、訪問しました。他にも中国、ドイツ、ポーランドでも講演しました。今回は、仕事とプライベートで訪問しています。実は、日本国にはずっと来たいと思っていたんです。高校入学直前に日本国のアニメーションに影響を受け、感化されました。初めて映画監督/漫画家の大友克洋監督の『AKIRA』(アキラ)を観て、脳みそが爆発するような衝撃を受けたんです。その時から日本国のアニメーションをもっと観るようになり、日本国の文化にも興味を持つようになりました。日本国のアニメーションや漫画、そして、以前から読んでいたアメリカン・コミック・ブックスなどからも影響を受けています。15年以上も前の話で、私が14歳くらいのときですが、私の父の家系に宝石商が多いことから、父も宝石商としてジュエリーショップを経営していて、私が父の店で手伝いをしていたときに、日本国からの交換留学生が入ってきました。なかなか日本人に会う機会がない場所に住んでいたので、なんとかして、その日本人留学生と会話をしたいという気持ちが高まりました。その日本人留学生が京都のポストカードをくれて、「いつか遊びに来てください」と言ってくれたんです。そして、日本にようやく来ることができました。

江渕良平: 子どもの頃はどんなお子さんでしたか。

Grant Alexander: 生まれ育った場所は、アメリカ合衆国カンザス州ウィチタの郊外で、日本の季節や気候と似ているところです。夏は暑くてじめじめしていて、冬は寒くて雪が大量に降ります。
子どもの頃は、アメリカンコミック・ブックスが大好きで、スーパーマン、バットマン・・・あらゆるスーパーヒーローのコミックを読んでいました。その頃から好きなキャラクターの絵をたくさん描いているような子どもでした。そこからビデオゲームにハマって、更にそういう世界にマインドを開いていき、興味と関心を持ち始めました。
高校は、カンザスシティから2時間くらいのところにあるアートとサイエンスを専門とした学校に通っていました。そこで、ペインティング、写真、陶芸など、アートに特化して専攻し、たくさんのスキルを学びました。

 

©Disney/Pixar ©Grant Alexander

 

   
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